2018年04月02日

『This is me』意訳

暗闇を彷徨うこともできなかった

「隠れてなさい」彼らは言う

「あなたは壊れてるんだから」

この傷は恥なんだと学んできた

「逃げなさい」彼らは言う

「あなたは愛されないんだから」

でも、ゴミのなかに打ち棄てられても

わたしには居場所があることを知った

輝ける場所が


鋭利な言葉で斬りつけてみろ

血が洪水となってお前を襲う

私は勇者、私は傷物

私は「私」、これが私


見ろ、「私」のお通りだ

行進のドラムは自分で叩く

もう怖れない、隠れない

もう謝らない、これが私


まだ弾丸は降り注ぐけれど

もう私を恥で満たすことはできない

バリケードは突破されたのだ!

太陽に手を伸ばせ(私たちは戦士だ!)

そう、もうわれわれのものだ



posted by 淺越岳人 at 20:28| Comment(0) | 翻訳/日本語詞 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年03月17日

某月某日

ボックス席はなんとも"旅"って感じで、いい。たとえ普通列車でも"普通"じゃなくなる。
窓から眺める景色はちょうど良いテンポで後ろに飛んで行く。道路を走るトラックは抜き去るが、その向こうの新幹線には敵わない。
「ディスイズちょうどいい」というフレーズが浮かぶ。これなんだっけ。思い出せても思い出せなくてもいい。
2人がけのボックス席通路側にはおれの荷物。少しだけ申し訳ないと思いつつ、車内は今のところ空いているから。まあそりゃ隣にだれも乗ってこない方が楽だけど、別にだれかがいてもいなくてもいい。
カバンの中には旅装一式と、何冊かの文庫本。そのうち一冊は膝の上。少し読んでは窓の外、景色と頁をいったりきたり。集中力はないけど、おれはこれを読んでも読まなくてもいい。
眠くなったら寝ればいい。降りたくなったら降りればいい。なんでもいい時間。なんともいい時間。
耳慣れない地名の駅が続き、隣に座ったのはデカいデイパックを背負ったニキビの青年。旅慣れた感じで荷物を網棚にあげる。手には文庫本。チラッと表紙を見る。椎名誠。わかるぜ青年。そんなの読んだら旅に出るしかないよな。胸の奥を刺激されるが、泣いても泣かなくても、いや泣くのはダメださすがに。
窓の外はいつの間にかオレンジ、明日は晴れそうだ。晴れても晴れなくても、でなく晴れろ。友のハレの日だ。
そうだ、HONDAだ。たしかショーン・レノンだ。
posted by 淺越岳人 at 21:04| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年03月03日

『卒業式、実行』反省と課題

『卒業式、実行』も無事終演しました。
有形無形のご支援、ありがとうございました。

型通りの挨拶だけじゃ面白くないので、いくつか雑感を。

自分のパフォーマンスについては、実は反省点が大きい。
たしかに結構、というか今までもなかなかないレベルでハマったネタだったと思う。少なくないステージ数だったがほぼ外してないし。
が、こんなにも「なんでウケているか」を理解していないネタはなかった。そして結局、最後のステージまでわからないままだった。
これは、大きな反省点だ。結果としてウケたからいいというものでは、ない。
おれは元来が"オモシロ人間"ではない。だからトレースと解釈で、頭で考えてネタをやってきた。ファーストチョイスで正解が叩き出せるわけでもないし、引き出しが多いわけでもない。器用さも当然ない。他から盗んで、分解して咀嚼して、今がある。自分に自信があるとすれば、そういう分解能くらいだ。
今回のネタは別に組み立てられた大きなネタじゃないし、わかりやすくボケているわけでもない。だから間合いとか流れの美しさとかで獲る小ネタだと思っていたし、本番にもシーンとシーンのブリッジくらいのつもりで臨んだ。
あ、断っておくが小ネタとかブリッジというのはネタの種類や役割の話で、扱いに不満があるとか場面を軽んじているのではない。念のため。むしろ、こういうシーンでしっかり笑いを獲っていないと作品全体がうまく回らなくなる。こういうシーンで手を抜く俳優は、端的に言ってクソである。
で、蓋を開ければとてもとてもウケた。正直びっくりした。「大したネタじゃねえじゃん」、本音を言えばそれだ。うれしいけど。とてもとてもうれしかったけど。
でも、なぜウケているのかがわからない。
ルックスとセリフのギャップ?キャラクター性のエグさ?あるあるネタ?今までの"淺越岳人"としての積み重ね?どれもありそうで、でも違う気がする。
わからない。わからないゆえ、毎ステージどこかに不安がある。正解が見えない。良い芝居の塩梅がわからないから、どこか探ってしまったり、前のステージをなぞってしまったり。
理解できない、とは、再現性がない、ということだ。
だから、今回の作品においては、自分のプレイイングには反省が多い。ウケてはいたけど、いやウケていたからこそなんだろう。
プレイヤーとして、ネタを超えられなかったというか。ネタを理解できずに制御しきれなかった、というか。
要するに、居心地が悪いのだ。単にウケなかったのなら怒りを込めて振り返ればいいのだが、なまじウケているしネタとしての評判もいいから、問題の所在がはっきりしないのだ。
プラスに考えれば今まで使ってない弾でウケを獲れたのだから、理解して持ち物にさえすれば武器が増えるのだが、生憎その取っ掛かりがないし、そもそもプラス思考など持ち合わせていない。

とりあえず、今、少しだけ悩んでいる。

劇団で、とか言うと話が大きくなっちゃうし、次の動きも見えないし、反省点ばかり書いても仕方がないし。
とにかくスラップスティック系のネタができるようになっていた、というのが一番の発見かな、と思う。一部完全なるサイレントのネタもあるし。
こういうマテリアルなネタ(モノの移動、アクション等)をやっては物理的制約となにより芝居のスキルによって失敗し、それらを棄ててたどり着いたアガリスクの一つの境地が「屁理屈」と「会議」なわけで、それが今回やれた、しかも訓練の成果とかでなく自然とネタとして組めたのは、大きな収穫だし、今後へ繋がるはずだ。

繋がるはずだ。というか、繋げなければウソだ。

とまあ色々と模索中ですが、いずれまた。
posted by 淺越岳人 at 22:13| Comment(0) | 芝居 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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